連作『叶わなくてもよかった夢のひとつとして』


始まりは春で疾風で三日月で電車のすれ違えない駅で


歌うためではないマイクを握るときゆっくりまわりはじめる車輪


息をする 羽化にも開花にも見えずビニールの輪がふくらんでいく


さっぱりと笑われ笑いかえすとき秘密の質問母の旧姓


わたしなら与えてやれる元通りうつくしい空の絵画ができる


人生におけるホテル・カリフォルニアの後奏に似た時間について


銀杏を踏み潰さないようにゆくあの日のままで過去になりたい


ハイヒールのリズムはわずかにずれて二人 わたしが住むだけの街


セーターは古くなっても着られる、セカンドシーズンをいまも待つ


見たことのないバスを待つ十分のよるべなさほどシートは青く


切り花をよいしらせとわるいしらせでつつむ 隣人にわたすため


あなたを(任意のひらがな二文字)と呼ぶ叶わなくてもよかった夢








最適日常さまのリレーネプリNo.32に掲載させていただいた連作です。